抑うつ状態での動き方

気持ちが落ち込んで何もできない、けど動かなければならない、どうするか?

 

こうした精神状況と付き合いながら、すでに十数年、それでも動くために工夫してきたこと、そのコツが最近なんとなくつかめてきたので、ここにまとめておく。

 

ちなみに、このブログを書くことも「それ」に該当する。

 

たとえば、気分に「やる気」「ニュートラル」「抑うつ」の3つのレベルがあると仮定した場合、わたしは常に「抑うつ」レベルすれすれの低空飛行で生きてきたといってもいい。いや、今現在もそうだ。

 

だが、低空飛行でも、たしかに飛んでいるのだ。事実として進んでいるのだ。

そこら辺の勘どころをまとめておきたい。

 

「〜ねばらならい」思考を捨てる

まず、無意識的に作っている心理的なハードルをなるべく下げることが大切。

 

その典型が「〜ねばらならい」思考。

個人差もあると思うが、特に若い頃はこれに縛られてきた気がする。まずは「できなくてもいい」と割り切ってみることだ。

もう少し補足すれば「(思ったように)できなくてもいい」ということ。

 

思い切って、〇〇できれば十分、として「〜ねばらならい」として設定している心理的ハードルをぐっと下げてみることだ。

 

たとえば、月曜は朝起きられれば十分、など、実際にこの世の中できなくても大したことのないことばかりだ。また動き初めたら、それなりに「あれもこれも」進む場合もある。

 

このブログですら、「体系的にうまくまとめなければならない」みたいな強迫観念がある。これは駄々っ子のように付きまとうから、放っておく。

書けなければ書けないでいいんだ、ぐらいの気持ち。

 

できる限りをやる「事実やること」「事実やれることを、できる形にできるレベル・段階に落とし込んで、事実やり続けること」それが大切だ。

  

たとえば、スタート地点からゴールを見ないこと。

目の前のできるレベルに作業をブレイクダウンすること。10をやるつもりなら1に絞ってやる。毎日10mででも進めばいい。最初は足踏みだっていい、それから、あの木立まで1歩、もう1歩、事実やれる限りを続けられるところを見極めることが最も大切だ。

ノミの一歩でいい

頭で考えても、一歩も進めない。

事実「やる」ことが大事。

でも心は鉛のように重く鬱屈している。

そのため大岩が乗っかっているかのように体が動かない時がある。

 

動けないときは、動かないままでもよい。

が、その気持ちのままに従っているばかりでいるわけにはいかない、というときがあるから悩むわけで、実際その気持だけに従っていると、心も体も重くなっていくばかり、というときもある。

 

事実、動く。

一歩踏み出す。

見た目動いていないかのようなノミの一歩でいい。

事実、動くこと、そして欲張らないこと。

継続性>達成感

よくありがちなのが、「やった感」を求めること。

すなわち「手応え」である。

 

ただ、それは自分勝手な思惑で、実際あいまいな物差しで、それを指標にしていると、たいていは続けられないし、動けなくなる。

 

達成感よりも継続性を大事にしよう。

たとえば、Aという作業をやるなら、事実10分でも5分でも一定時間「向き合うこと」、これだけもいいんだ。

 

やるべきこと、やりたいこと「それと向き合い続ける」具体的な時間を持ち続けること、こっちのほうが大事だ。

 

欲張らず、事実動くこと、そして続けることを大切にしよう。

 気持ちで動くのではなく動くことで「気持ち」を動かす

極論すれば「気持ち」は、その名の通り気分屋なので、どうでもいいと割り切ることだ。

 

抑うつ状態のまま、一つやるべきことがあれば、そのままそれに向かって動く。動いてみると気持ちが変化することもあれば、やはり抑うつ状態のままということもあるだろう、ただし「動く」ことしかできないし、それだけが現実だ。それだけが現実的な解決策だ。頭の思い出はなく、現実的な行動のほうに着目しよう。

 

「気持ちや気分がよくなってから動こうと思えば一生動けない」とはゲーテの言葉。

別の卑近な言い方にすると「気持ちを(先に)またがせるな!©長州力」です。

 

気持ちを優先させて動こうと思えば、たしかに一生動けない、何もできないと思う。

「とはいってもしんどくて動けない? わかります!」

なぜなら、私自身、今まさにそうです(笑)。

でも現実的にはブログを書いています。キーボードを打って文章を書いています。そういうことを言いたいのです。

 

その昔、某ライターさんに、仕事のコツを聞いた際に「とにかく書くことです」と言われたが、そのとおりだと思う、気持ちにぐっと掴まれても「動く」その姿勢になることが重要。

 

でも実際には動くのが億劫で、わかっちゃいるけど、な状態になりがち。

なので、さらに、これを実際に行うためのプラクティスとして、以下、簡潔にまとめたい。

具体的な実践法:タイマーを使う

気持ちだけで止まっている状況に対して、できるできない関係なく、まず一歩踏み込んでみること。

これには、ありがちかもしれないがタイマーを使う方法をおすすめする。

 

一般には「ポモドーロテクニック 」などとも言われているが、作業時間25分は長いし、いちいち休憩なども挟まなくていい、もっとシンプルでいい。

 

タイマーもシンプルがベストだ。

スマホなどにデフォルトで付いている機能で十分。

個人的には、パソコンではWindowsでデフォルトのもの(だったと思うが)をデスクトプにおいて、Macでは「AS Timer」というアプリを使っている。

そのうえで、キッチンタイマーを使うこともある。

いずれも、5分10分が簡単にカウントできるものがよい。

 

やることを決めて、1日10分やる、できなくても、それに時間を振り分ける。

10分が終わる。それで十分だ。

10分がしんどければ、途中で止めても良いし、5分でもよい。

ただ、10分やると決めると「10分やらねばならない」感じになるので、むしろここでは「10分以上(あるいは5分以上は)やらない(続けたくなってもやめる)」ぐらいに決めたほうが良い。

 

大事なのは、繰り返しになるが「事実、向き合う時間を作ることと(やること)」と「それを継続すること」この2点だけだ。

 

だいたい、できないのは、「着手できない」「続けられない」この2点なのだ。

手を付けてしまえば、そのまま10分以上できてしまう場合もあるし、そうできなくても、とりあえず1日10分向き合ったのだ、という事実ができる。

 

大切なのは「10分間の間に、〇〇ができた」ではなく(それもできれば結構だが)、事実「10分それと向き合った」事実である。

たとえできなくても、それをやろうと振り分けた時間と事実費やした時間のほうを大事にすること。

具体気実践法:それでも動ける「型」を見つける

ルーチン(手抜きでも続けられる形)を決めておくことは大事だ。

 

自分の意志(気持ち)だけで、100%よいしょと動くのは難しい場合が多い。

それとは別のところで「自動運転」で動けるような仕組みづくりが大切になる(ここまで、この程度ならできるという部分の見極めて設定しておくルーチン)

 

具体的には、毎日の時間割を決めて、そのとおり動くことだ。

・A:10分

・B:10分

・C:10分

とか、シンプルな形でよい。

 

そうしたリストは、Evernoteなどにまとめておくと便利だ。

簡単なリストにして、実現可能な範囲を模索して更新していくほうがよい。